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大変お待たせしてしまいましたが、花鏡想慕の最終話をお届けします。
本当に大分間が開いてしまった…orz
でもその分、それなりに長い内容となっておりますので、まぁ色々突っ込んで下さると嬉しいかな、とか思ってたり。
『あんたがそれを言うんかい』とか。
『そこ気にして?』とか。
色々、色々です(苦笑)
…あ!
『つじつま…合ってる?』というお気持ちは…皆様の優しさでスルーしてやってください(汗)

花鏡想慕はもっと短い話だったんですが、いつも通りまとめきれず短編どころか中編?なお話となってしまいました。
私はそれなりに自分の好きなように書いたんで楽しかったんですが。
が!

糖分が足りないっっ!!

何度も夫婦~に逃げかけたんですが、取り合えず花鏡を終わらせてから暴走しようと決めてましたので、何とか堪えました。
ので次は多分夫婦~かな…。
不思議~もそろそろ一区切り付けたいので、頑張るぞ、と。
(そればっか言ってるな…)

でも!
9月18日と19日は大切な記念日なので、連載以外の物をUP予定です。
これだけは絶対に落としません!
18日は我等が『薄桜鬼』が発売された日で、まぁ千鶴の誕生日という方も多いようですし、私もそれについては賛成派です。
19日は当サイト『和花』開設一周年です!!
もう一年か…早いなぁ。

そんなわけですので、18・19日はお暇でしたら遊びにいらして下さいね。

では、最終話を右下からどうぞ。

 

 


「余所見とは余裕じゃねぇか?」
「副長」
「なっ!?」

 土方が素早く近付き何の躊躇も無く物の怪に斬りかかる。

 
 ピシッ


 その切っ先は確実に物の怪を捕らえ、着物が破け皮膚を確かに斬った感触はあったのだが、血は流れていない。

「流石に人間の中身までは写せねぇって事か」
「貴様っ」
「言っただろ、余所見したお前が悪ぃんだ、よっ」

 ガキィンッ

 土方と物の怪の刀がぶつかり合う。

「うちの三番組組長の剣技、全く使いこなせてねぇじゃねぇかっ」

 何度もぶつかり合う刀と刀。
 土方の速さに物の怪は押され始める。

「そんなに気になるかよっ」
「くっ」
「あいつの持っている鏡が気になんのかよっ」

 それまで何とか土方から繰り出される剣を防いでいた物の怪だが、ざっと後方に飛びのいて間合いを計る様に退く。

「何故貴様達がその鏡をっ」
「大事な鏡なのか?」
「―――っっ!」
「大事なもんなら何故あんなところに隠す」
「貴様が知る事ではないっ」

 退いていた物の怪が鏡を抱く千鶴めがけて走り出すが、その行動を読んでいた土方が体勢を低くしその物の怪の足を払った。
 踏鞴を踏むようにして体勢を崩したそれに背後から斬りつける。


 ピシッ


「卑怯なっ」
「卑怯だぁ?はっ!それがどうしたっ。戦場に卑怯もなにもありゃしねぇんだよ。勝つか負けるか、それだけだっ!」
「武士を目指すものの言葉とは思えん」
「知ったような口をたたくんじゃねぇよ。命のやり取りをしている真っ最中に正攻法ばかり考えていたんじゃ勝てねぇ。それに気を取られて護りてぇもんを護れねぇ方が後悔すんだろうがっ」

 今のおめぇみてぇになっ、そう言いながら刀の切っ先を斎藤の姿をした物の怪に突きつけた。
 
「俺はこいつを護ると約束した。護る為なら卑怯だろうが何だろうが構いやしねぇよ」

 突きつけたまま土方は立ち位置を移動し千鶴に背を向ける場所へ来る。

「てめぇが相手にしてんのは壬生狼と呼ばれる血に飢えた獣なんだって、自覚したか?」
「くっ」
「もう1つ知っておけ。いいか狼ってのはな仲間や家族を何よりも大事にする生きもんだ。狩りをする時は仲間全員でやるんだよ」
「貴様等…っ」

 土方がそう言った時には既に物の怪の周りをぐるりと固めた後だった。

「嫌味の様に言われてる壬生狼ってやつも、そう考えりゃ悪くねぇ」
「相手が悪かったよねぇ。君の敗因はその壬生狼を怒らせたことだよ」
「本懐を遂げる為には手段を選んでいる必要は無い」
「だな。おめぇには卑怯だなんだと罵られてもそれを貫く覚悟が足りなかったんだ。男はな腹に力込めて覚悟を決めなきゃいけねぇ時があるんだよ」
「そーそー。左之さんが言うと実感ありまくりだけど」
「腹の一文字は伊達じゃねぇな、左之!」

 軽口を叩きながらもその目は決してふざけてはいない。

「貴様等は…人間はいつもそうだ。己の欲望のまま生きる」
「それがどうした。人なんて結局は皆そういうもんだ」
「あの男は俺を大事にしてくれていた親子を汚し殺した。俺は願いを聞き遂げあの男の命を奪った。欲に塗れた人間など価値の無い物と思っていたが、あの男の欲望、狂気は俺の役に立った」
「それを利用して人を殺し血を浴び力をつけた、か」
「護る為に必要だった」
「でも…でもっ!春日さんはそんな事願ってなかったはずですっ」

 冷たく土方を睨み付けていた物の怪の瞳が驚きを隠せないまま千鶴のほうへと視線を移す。

「何故その名を知っている」
「あ、貴方の対になるこの鏡の中に閉じ込められているご本人から聞きました…夢殿で」
「夢…殿だと?何時の間にそのような力を!?」
「一昨日の夜に斉藤さんがこの神社から持ってこられたこの鏡の欠片が私の側にあったからではないかと、仰ってました」
「か…けら?」
「今は私がお預かりしています」
「昔…野盗がこの拝殿より鏡を持ち出したことがあった。その折怒りに任せ殺した野盗の手から滑り落ちた事があったが…まさかそれが…」
「…その時に欠けた物が、今回春日さんとお話できる切っ掛けになりました。お願いです、もう止めてください。春日さんは蘇る事など望んではいらっしゃいませんっ」
「そんなはずはないっ!」
「彼女が蘇りたいなって言ったわけ?」
「春日はっ……かす…がは…」
「護りてぇ存在の声も聞こえなくなるなんざ、ざまぁねぇな」
「俺が…人の魂に…そこに刻まれた狂気や欲望に惑わされていると言いたいのか」
「言いたいも何もその通りじゃんか」
「神器として祀られていた物が人の狂気に染まり暴走して如何とする」
「春日さんはたとえ私の血や生き胆を使っても蘇る事は無いと仰ってます。それどころか、もう冥府へと旅立ちたいと悲しんでおられます!」

 物の怪の顔に焦りが浮かぶ。

 己の行いは己が意思でやってきていた事だ、と自分の行動を疑った事などなかった。
 毎日我等をを磨きあげながら、その日の天気や野山の動植物達の事を楽しそうに語りかけていた娘の願いを叶えたいと思った。
 神器とされながらも鏡としてのみ存在していた己が彼女等を護れなかった事が、悔しいと思った。

 ……そう思えるようになったのはいつからだ?

 対の鏡の声は…聞こえていなかったか?
 2つで一対の鏡である己は何時から1つになった…?
 ここにいるのは、誰だ?

「俺…は………我…は…鳳鏡(ほうきょう)…」

 斎藤を写した物の怪の姿が揺らめく。 

「あの男の魂を吸い…意思を……持った…鏡…」

 まるで水面に映った景色が揺らぐかのように。

「我は……春日を…春日の魂を受け入れた鏡を……凰鏡(おうきょう)を…」
「ほうきょうと…、おうきょう?」
「そう…だ、我は春日の魂を護りたかったのではない、我は…我はっ」

 段々とその姿が薄れ始め、沖田が見たあの大きな姿鏡の形を現し始めた。
 そっと千鶴は土方の背後に歩み寄る。

「我は対である凰鏡と話がしたかったっ。対として作られ何時も隣りに並べられ、何時も何時も一緒だった凰鏡とっ」

 揺らめく姿が泣いている様に見える。
 それが、何だかとても切なくて千鶴は鏡を抱く手に力をこめたのだが、

「?」

 抱いた鏡が、熱くなってきているのを感じた千鶴はそれを見下ろした。

「我は魂を得て意思を持った!それなのに何故同じ様に魂を得ている凰鏡は意思を持たぬっ。何故我の声に応えてくれぬのだっっ?」
「……惚れた女に逢いてぇって気持ちが真意か」

 深い嘆きを吐露するかのような鏡の物の怪を見ていた永倉が呟く様に言った。

「我は人の血を得て力も得たっ。同じ様に血を与えたのに何故凰鏡は応えてくれぬっ!」

『それは、我等が鏡であるから』

 そう言うと、千鶴は土方の横から前へと出て物の怪の前に立った。

「千鶴っ?」

『鳳鏡…我等は鏡。多少の力を持ち神器といわれようとも唯の鏡』
「……凰…鏡か?」
『その境界を越えてはならぬのです』
「だが…我は…」
『言葉を交わすことは出来ぬともずっとお側に居りましたのに』

 そう言うのは千鶴なのだが、様子がおかしい。

『人の血を浴びすぎた我等が神の名を冠するはおこがましい。共に消える事こそ、共にある事』

 固唾を呑んで千鶴の動きを見詰める人間の男達だが、何時でも戦える様臨戦態勢は崩さない。

『鳳鏡…我等は物。こんな形で魂を得てもそれは紛い事』
「我…は…」
『我等は人の世を見守る存在であったはず』
「………」
『参りましょう、これまでもこれからも我の対は鳳鏡、貴方のみ故』
「凰鏡…共に…か…」
『ええ、共に』
「そうか…」

 物の怪の姿は姿鏡へと戻り煙の様な物が漏れ始めると、大きかった姿が千鶴の持つ鏡と同じ大きさにまでなる。
 そしてがらんと音を立ててその鏡は地面に落ちた。
 鏡が地面におちるのとほぼ同時に、千鶴の身体が大きく揺れる。
 直ぐ後ろにいた土方がそれを抱きとめたのだが、

「んだ…これ…」

 そう呻くように言うと、千鶴を背後から抱いたまま膝から崩れ落ちかけた。
 更にそれを慌てて原田と永倉で受け止め支えるが。

「おいっ土方さん?千鶴ちゃんっ!?」

 二人は目を閉じたまま返事をしない。

「ったく、どうなってんだよこりゃ」
「二人とも大丈夫なの?」
「千鶴っ大丈夫か?土方さんっ!」
「……俺には二人とも眠っている様に見えるのだが?」

 斎藤の言葉にその場にいた男達が二人を見下ろせば、確かに規則正しく息をしているのが分かった。

「それが原因ではないか?」

 そう言って斎藤は千鶴が抱いている鏡を指差す。
 倒れた千鶴を支えた土方のでもそれに触れているようだ。

「朝方、千鶴ちゃんが夢の中で話を聞いたんだからそれと同じ事が起こってるって事かな?」
「じゃあこのまま待ってみる?」
「…だな」

 眠った二人を囲むように、残された5人はその場にゆっくりと腰を下ろした。

「なぁなぁ」
「どうした平助」
「こいつ、もう中身空っぽなのかな?」

 藤堂が地面に落ちていた物の怪であった鏡を突いてみる。
 しかしそれからは何も反応は無かった。

「大丈夫みたいだ」

 そう言いながらそれを拾い上げる。

「見た目は普通にきれいな鏡だよなぁ。なんかあっちこっち傷があるけど…」
「土方さんに斬られた痕じゃないの?血出てなかったし。あ、そう言えば新八さん」
「ん~?」
「さっき呟いたでしょ、惚れた女に逢いたいのが真意かって。どういう事なんですか?」
「ああ、あれか?物の怪になってた鏡が『ほうきょう』で千鶴ちゃんの声を借りてた方が『おうきょう』だって言ってたろ」

 永倉が気付いていた事を話し始める。

「きょうってのは『鏡』って字を当てるとして、ほうとおうはどんな字だって考えたら、直ぐ答えは出たぜ?」
「ほうとおう?」
「ん。ほうとおう、ほうおう、鳳凰ってな具合にな」

 篝火に照らされる地面に近くに落ちていた小枝で二つの漢字を書いてみせる。

「鳳凰って?」
「元々は海の向こうの鳥の姿に似た神獣で、鳳が雄で凰が雌。この国にも四神ってのがいるだろ、『青龍』『白虎』『朱雀』『玄武』それの朱雀と同じ様な神さんだな。瑞獣って言って良い事があったりこれから起こる時に姿を見せる神獣だ」
「…あ、本当だ。この鏡背面に鳥が彫ってある」
「ってことは、千鶴の持ってる鏡の背面にも鳥が彫ってあんだろうな。つーかよ新八」
「どうした」
「無駄に広いなお前の知識は」
「むっ無駄じゃねぇだろ!知識ってのは持ってて無駄な事はないんだって!!」
「鳳が雄で、凰が雌。だから二枚で一対の鏡なわけね」
「んじゃ何で花鏡?」

 藤堂が首を傾げる。

「は?そ、そりゃ…お、俺が分かるわきゃねぇだろ…」
「なぁんだ、新八さんってば期待はずれ」
「なんだとう!?何てこと言いやがる総司っ!」
「ほんとほんと」
「へーいーすーけぇーっ!」

 土方達を支えていなかったならばきっとここで追いかけっこが始まっていたに違いない。
 その様子を見ていた斎藤が深い溜め息を吐くと、原田は呆れた様に苦笑した。

 

 その頃、千鶴と土方は皆の予想通り夢殿で春日の姿を借りた凰鏡と同じ様な会話をしていた。

「我等鳳凰鏡を花鏡と言い出したのは人の子。我等が時折映し出したものが花畑であったから」
「花畑?」
「我等を作った者の里には花が咲かなかった。沢山の花が見てみたいという願いを聞いた覚えがあります。故にその想いが我等に映ったのでしょう」
「あんたらは何でも映すんだな」
「鏡ゆえ」
「あの…何故凰鏡さんはあのような場所に?」
「そなた達が落ちた池の側に、か?」
「忘れてくれ。つか、神器が人間をからかうな」
「ふふ。…我が野盗に盗まれかけた事があったのだと鳳鏡が申しておったでしょう?それが切っ掛けだったように思います。最初は本当に春日を助けたい春日にもう一度生を与えたいという思いだけで動いていた様なのですが。何時からその想いが道を反れてしまったのか、我にも良くは分かりませぬ」

 そう言った春日の姿をした凰鏡の笑みは、とても悲しそうに見えた。

「春日さんは?春日さんはどうなったんですか?」
「心配は要りませぬ。我の中にありまする。春日は我であり、我は春日でもある。この場所でそなたと初めて会話したのは春日であったが今は我、凰鏡」
「春日さんは、えっと、鳳鏡さんの中にいる…男の人の魂を追い出すって仰ってましたけど…」
「もしあの時そなたの口と言葉を借りた我の声が鳳鏡に届かなかったならばそれに賭けるしかありませんでした。幸い我の声は鳳鏡にやっと届きましたゆえ、それは免れましたが…もしそうしていたならば…春日の魂はここには無かったでしょう」
「ならば鳳鏡の中にある男の魂はどうすんだ」
「我等が責任を持って冥府へと送り届けましょう。そこで裁かれる事になりましょうが」
「あんた等は?」
「我等はこの世に残る気はありません」
「そうか」
「春日さんはやっと眠れるのですね?」

 千鶴の問いかけに凰鏡は頷いてみせる。

「今回そなた等と出会えた事で、やっと我等も囚われの身から解放されました。今までは鳳鏡を恐れる者はいても立ち向かって下さる人はいなかった。色々な事が重なり、今日という日を迎えることが出来ました。心から礼を申します」
「俺達は俺達の護りてぇもんを護る為に動いただけだ。…別に礼を言われる事はしちゃいねぇよ」
「土方さん」

 土方の言葉に千鶴がほんのりと頬を染め、そして嬉しそうに微笑んだ。
 そんな千鶴の前に凰鏡が近付いて来る。
 どうしたのだろうを見上げる千鶴の手を両手で掬うようにして、凰鏡が握った。

『…聞こえますか?』
「え?」
『そなたの頭の中に直接語りかけております』

 それに驚きながら土方の方を見上げればなにやら怪訝そうな顔をしている。

「どうした千鶴」
「い…いえ」
『まだ声には出さない方が良いのではと思いこうして語りかけております』
「……はい」
『春日が申しておりました様に、そなたは人とは違う血の流れをお持ちです。それは両親や祖父母、先祖と呼ばれる者たちからの流れであり、そこに生まれた者として抗う事のできぬのが運命(さだめ)』

 言われて千鶴の瞳が不安げに揺れた。
 そんな千鶴の手を凰鏡が少し強めに握る。

『ですが、それを疎む事などありません。それは貴女が貴女であることの証。それこそが貴女自身。今はまだ明かすことが出来ぬ事でも、きっといつかは受け止めてくれる者が現れましょう』
「私…自身」
『あなたの知らぬ事も、必ず知る日が参ります』
「あ…」
『ですが、きっと貴女は一人ではない。ですから我は、貴女は大丈夫と申しておきましょう』
「ありがと…ございますっ」
「千鶴?」

 凰鏡の声が聞こえていない土方は千鶴がなぜ礼を言って頭を下げているのか分からない。

「あ、あの…土方さん、本当に聞こえてませんでしたか?」
「何のことだ?」
「えーっと…」
「女人同士の秘密の語りごと故、お気になさらず」
「はぁ?」
「あの…そういう事なんです」
「………ったく、分かったよ。そういう事にしといてやる」
「はい、お願いします」

 凰鏡は千鶴の手を放し、そのまま少し下がる。

「夢殿はあまり長く居てはならぬ場所。そなた達の帰りを待つものも心配しておりましょう」

 その言葉は、今回起こった事の終結を示していた。

「怖い思いをさせ、ご迷惑をおかけしたことへの心からのお詫びと、そして助けて頂いた事への感謝を」

 凰鏡はそう言ってとてもきれいな所作で頭を下げた。

「その気持ちをこめて皆様に我等から贈り物をさせて頂きます」

 千鶴にとっては覚えのある感覚が、二人を包む。
 視界が段々とぼやけて来る。

「あっ!」
「……目が覚めるのか?」
「前に来た時がそうでした」
「んじゃ、とっとと目を覚まして帰るか。近藤さん達も心配してるだろうしな」
「…はい」

 優しく微笑んだままこちらを見ている春日の姿をした凰鏡。
 彼女に見送られ視界の全てが真っ白になりかけた時、そっと肩を抱かれて引き寄せられた気がして隣を見上げたが…。

 


「ねぇ、まだ起きないのかな?って言うか、本当に大丈夫なわけ?」

 待ち草臥れた沖田が眠ったままの千鶴の頬をつつく。

「もうちっと待ってみようぜ。それでも目を覚まさなかったら取り敢えず屯所に戻るか?」

 原田がそう言えば、

「だったら土方さんは新八さんと左之さんで運んで下さいね。千鶴ちゃんは僕が運んであげます」

 沖田はそう言ってにやりと笑った。

「何で千鶴は総司なんだよっ!散々千鶴の事苛めてたくせにさ。千鶴は…お、俺が運ぶ!」
「煩いよ平助」
「何だよその言い方!」
「煩いから煩いって言ったんだよ」
「そぉじぃ~っ!」
「……誰が運んだとて大して違いは無いのではない…副長?」

 土方の指先が動き、瞼が動いた事に気が付いた斎藤が土方を呼べば、

「………ったく耳元でぎゃあぎゃあうるせぇんだよ」

 気だるそうに言いながら土方が目を覚ました。

「悪かったな」

 自分を支えてくれていた永倉と原田に礼を言うとその身を自分で支える。
 周りを見ればいつもの見慣れた顔がそこにあった。

「………ん」
「千鶴」
「は…い…」

 小さな声で返事をしながら千鶴もやっと目を覚ました。
 しかし、まだ目覚めきっていないのか身体は土方に預けたままだ。

「千鶴、大丈夫か?」
「平助…君?」
「うん」
「…それ…鳳鏡?」
「え、ああそんな名前だっけ」

 千鶴は藤堂の持つ鳳鏡に向かい手を伸ばすと、そっと撫でるように触れる。

「不思議…もう怖くない」
「土方さん、もう終わったって事なのか?」
「ああ。夢殿で凰鏡と話をしてきた。そいつに入ってた魂も、千鶴が言っていた春日の魂もそいつが責任持って冥府へと送り届けるだとさ」
「結局は鳳鏡は凰鏡を実体化させたかったって事なのか?」
「春日の魂を助けたいってぇ思ったのが全ての始まり…みてぇな事言ってたがよ。正直良くわからねぇよ。だが…」

 千鶴以外の視線が土方に集まる。

「本当に大事なら手元に置けってんだ。護る為だか何だかしらねぇが、側を離れちゃ護る事なんざ出来ねぇだろうが」

 それは凰鏡を拝殿のあるこの地よりもずっと森深い社へと移した事を言っているようだ。

「直ぐ側に置いてねぇから、他のやつに奪われんだよ。俺には理解できねぇな」
「だな。それが惚れた女ならなおさらだ。夢殿ってとこでそいつに言ってやらなかったのか、土方さん」
「そいつは出てこなかった。俺達の前に出たくなかったのか、出れねぇ理由でもあったのかはわかんねぇがな」
「土方さんっ」

 土方の腕の中で千鶴が驚いたような声を上げ、次いで土方の名を呼ぶ。
 何事だと視線を下ろせば千鶴の、千鶴と藤堂の抱える鏡がそれぞれ光り始めていた。
 今度は何が起こるんだと皆が注目していると、明々と燃えこの地を照らしていた篝火がいっせいに消えてしまう。
 ビクリと身体を震わせた千鶴を、その身体に腕を回したままの土方が大丈夫だと言わんばかりに抱きしめる。
 まさかまだ終わってなかったのか、と男達が腰を上げそれぞれの得物に手をかけた時。
 
「鏡が…」

 驚いたような千鶴の声と共に、二つの鏡が人の手を離れ宙に浮かび始めた。

「あ!」

 淡く輝くそれらは同じ様に光り、そして音も無く同時に砕けてしまった。
 粉々に砕けた鏡はそれぞれが意思を持つように瞬き始める。
 その様子はさながら梅雨に入る前の時期に見られる美しい光景を髣髴とさせ、僅かな時間、人の心を奪った。

「すっげぇ」
「こりゃまた…」
「神さんも粋な事してくれる」
「……幻想的というのだろうな」
「凄い…凄いです。綺麗」
「凰鏡の言っていた贈り物ってやつか…」

 暫くその光景に見入っていたが、やがてそれらはひとつひとつ光を失い姿を消していった。
 気が付けばそこはまた暗闇に戻ってしまった。

「随分と時期はずれな蛍だったな。だが、見事だ」

 感嘆ともいえる言葉を呟いた後、土方は千鶴を抱えたまま立ち上がった。

「ふぇ?」

 脇の下に入っていた腕は千鶴を地面に立たせるまでしっかりと支え、千鶴の足がしっかりと地面に付いた時点で放された。

「あの…」

 離れた後、千鶴は振り返り土方を見上げた。

「ありがとう…ございました」
「ん?」
「ずっと…側にいて下さったので」
「俺は言ったはずだ」
「護る、と」
「ああ」
「とても心強かっ「僕達の事、無視してる?」きゃあっ!」

 千鶴の背後から今度は沖田が抱きついて来る。
 頭の上には沖田の顎が乗せられ声が頭に響くような感じだ。

「ああああのっ!!」
「怖いのなくなって良かったね」
「え…と、はい」
「じゃ、帰ろう。近藤さんすっごく心配して待ってるはずだから」
「はいっ」

 元気に頷く千鶴の手を引き沖田が歩き始めると、その反対側に藤堂が駆け寄る。

「怖いの無くなってって、総司が言うこっちゃねぇと思うけどなぁ」
「まぁ、いいじゃねぇか」

 その後ろに原田・永倉が続き、やれやれといった表情で、土方と斎藤も歩き出した。


『貴女は幸せに…千鶴さん』


 不意に聞こえた声に千鶴はばっと振り返る。

「どうした?千鶴ちゃん」
「なんか気になるのか?」
「今……声が…」

 立ち止まり、振り返ったままの千鶴に合わせて沖田らも立ち止まり振り返る。

「……はい。はいっ春日さん!」

 千鶴が頭を下げる先には闇に飲まれかけた朽ち逝く神社しかない。
 男達にには何も見えないし何も聞こえない。
 だが千鶴には確かに何か届いたようだ。

「ほら、立ち止まってんじゃねぇ。帰るぞ」

 土方の言葉で千鶴も顔を上げ、そしてまた歩き始めた。

「あ、そういえばもう1つ気になってた事があるんですよね」

 前方を千鶴らと共に歩いていた沖田がその歩みは止めず顔だけ背後にひねり、土方を見た。

「何だよ」
「土方さんと千鶴ちゃん、何でずぶ濡れだったんですか?」
「そういやそうだな。鏡探しの途中何があったんだ?」
「………別に、何でも」
「ねぇわけねぇよな、土方さん」
「別に今回の事とは特に関係ねぇから、もういいだろ」
「なに隠してるんです?」
「だから」
「千鶴ちゃん?土方さんと二人きりで僕達に言えないような事してたのかな?」
「い、言えない事??」

 こうやって二人して帰ってきたじゃない、と沖田は千鶴と繋いだままの手を高く上げて言う。

「森の中で土方さんに襲われた?」
「なっ、てめっ総司っっ!?」
「おっおそっお、襲われてなんかいませんし第一土方さんはそんなことなさいません!!」 
「わっかんないぞ千鶴っっ!口止めされてんならそんなの気にすることねぇっ。俺達味方だから!!」
「平助君っ!!何にも無かったのっあれは事故だものっっ!!」

「「「「事故??」」」」

「ち、千鶴…お前隠し事すんのには向いてねぇな…」
「何か、あったのですか副長」

 なにやら凄みを利かせた斎藤の声が追い討ちをかける。

「………だから、単なる事故だ」
「千鶴ちゃん、はい正直に言おうか?言ったからって殺されるわけじゃないんでしょ?」
「そ、れは…」

 そうですけど、と口ごもりつつ千鶴は土方をちらりと振り返る。

「はいはいはい、土方さんの事は気にしなくていいから、吐こうか?」
「手を…繋いで頂いていたのは、私がこけそうになってしまったからで」
「じゃあ何でずぶ濡れだったんだ?」
「…鏡があったお社の側には…池があって」
「そういう話だったね」

 さっさと次を話せという沖田の笑顔に千鶴は小さく息を吐くと、

「私が慌て過ぎて落ちそうになったのを土方さんが支えて下さったんです」

 と観念した様に告げた。

「土方さん女一人支えきれなかったのか?」

 驚いた様に言ったのは原田だ。
 その隣りで今にも腹を抱えて笑いそうになっているのは永倉だ。
 何故土方がずぶ濡れになったのかの理由を言いたがらなかったのか、理解できたからだ。

「支えきれなくて一緒にどぼん?うっわー土方さん副長としてどうなんですそれ?」
「総司総司、副長以前に男としてどうなんだって言ったほうがいいんじゃね?」

 ニヤニヤして言う沖田や藤堂はからかう気満々だ。
 
「仕方ねぇだろ…昨夜の雨で池の淵が弛んでたんだよ」

 社を見つけた千鶴がまずぬかるんだ池の淵であしをすべらせ、慌てて土方がそれを支えた。
 しかし、踏ん張った場所が脆くあっという間に崩れてしまい、そのまま二人して池へと転落してしまったのだ。
 それが恰好のからかいの餌になる事を読んでいた土方は、前もって千鶴に口止めしていたのだが…。
 
「他には?」
「他って、それだけですけど」
「本当に?」
「本当です」
「………」
「……………もう、沖田さん」
「何だ、つまらないの」

 そう言いながらも鼻先で小馬鹿にした様に土方を見ながら笑った後、

「そろそろ本当に屯所に帰らないとね」

 千鶴の手は繋いだまま、歩き出した。
 原田と永倉は土方の肩をポンと叩いて歩き始める。

「あいつ等…」
「副長」
「わーってるよ。行くぞ斎藤」
「はっ」

 土方も歩き始めると斎藤はその後ろに従った。

(だから言いたくなかったんだよ)

 そう思いながら土方は左手の親指で自分の唇をなぞる。

(土方さんの仰ってた通りになっちゃった…)

 同じ時、千鶴も空いている手の人差し指で自分の唇をなぞった。

(あの時唇がどっかに触れた気がしたんだが…)
(あの時唇に何か触れた気がしたんだけど…)

 土方と千鶴がこれまたほぼ同時に小さく息を吐き、

(千鶴も何も言わねぇし)
(土方さんも何も仰らなかったし)

 唇に触れていた手を下ろした。

(別に気にする事でもねぇな)
(気にする必要ないのかな)

 


 あの時。
 池の中に落ちた瞬間。
 何があったか目撃していたのは。


 今はもう、この世には在らず。


 黄泉路への旅へと進んでいた。

 

 

終わり

 

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