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『夫婦騒動録』新章開始です。
出来るだけ更新数を増やして行きたいのですが、今月もちょっとばかし厳しいかも…です。
でも来月は幕末無双録も出るし、はまり込む前にもう少し書いておきたい。
やりたい事も書きたい事もあるんですが、う~~~ん。
VDの前日にまた1つ歳をとった私ですが、何が欲しいかと聞かれたら『体力』と即答したいです(苦笑)
では、新章を右下からどうぞ。
ヒュッヒュンッ
まだ夜が明けて間もない静かな庭に、空気を切る様な音だけが響く。
婚姻後。
恐らく互いにまだそこまで進むとは思っていなかった初夜も、まさか手にする事が出来るとは思っていなかった別宅で夫婦の契りを結ぶ事ができた。
目出度く身も心も夫婦として結ばれた二人の朝は情事の痕を付けるだのなんだのと騒がしい物ではあったが、それでもお互いに笑顔で迎えた新しい朝。
あのままもう一眠りしても良かったのだが、そこは婚姻前より働き者であった新妻の千鶴らしく、そのまま身を起こし朝餉の支度をと夜着から小袖へと着物を着替え勝手場へ向かって行った。
残された土方も惰眠を貪る性質でもなく。
千鶴が着替える姿に取り敢えず背を向けたまま布団を片付け己の着替えも済ますと、前日部下達が運んで来てくれた行李に都合よく入っていた試衛館流の木刀を溜め息交じりに手にする。
「何だかんだで朝から身体を動かすのは久しぶりだな」
障子戸を開けて濡れ縁に出ると一度大きく背伸びをして庭へと出た。
ひんやりとした空気が身に凍みるが、朝であると思うだけでそれさえも心地よく感じるのだから不思議だ。
すうっとその澄んだ冷たい空気を吸い込み瞳を閉じる。
同時に姿勢を正し精神の集中を図る。
更に一呼吸を置いて紫暗の瞳を開きスッと木刀を構えると、ヒュンッと空気を切り裂く音をさせ素振りを始めた。
無心になり木刀を振るうと何もかもが研ぎ澄まされていく感覚になる。
文机に向かい細々とした小難しい書面と向かい合うより、こうして刀を振っている方が正直落ち着く。
ただ、新選組においてそれをする立場に身を置く事が自分にとって必然でもあり自然でもあったのだ。
必要であればもちろん自分も太刀を振るい多くの命を奪う覚悟は当に出来ている。
今までもそうであった様にこれからもそれが変わる事はない。
だが池田屋でもそうであった様に、実際に刀を取るより己にしか出来ない立場を担う役目を持っている。
刀を抜かない戦いもある。
そうして仲間を護る事が出来るのは自分だけなのだ。
新選組の為ならば、己の命は簡単に差し出すことが出来る。
それが揺るぐ事などないと、それ自体を考える事もなかった。
だが…。
(千鶴はそんな俺の立場さえも理解しているのかも知れねぇ…だが)
ヒュッと木刀を振り下ろす。
(俺はあいつを娶った。愛しいと思った、欲しいと思った気持ちに、今更偽りなんざあるわけねぇ)
振り下ろし様今度はそれを振り上げる。
木刀を正眼に構え、ふうぅと深く息を吐く。
(新選組の為になら死ねる)
土方は太刀の切っ先の向こうにを浮かび上がるモノを静かに睨みつける。
新選組の前に立ち塞がるものは全て排除してみせる、この命を賭してでも。
(だが、千鶴と共にありたいと願う気持ちが、今はある)
新選組の為になら死んでも構わないと思う心と、妻と共に生きて行きたいと願う心が同時に自分の中に存在する。
(新選組と同じくらい…千鶴が大事だと気が付いちまった)
ならば己の取る行動は自ずと見えて来る。
(てめぇの信念を懸ける新選組も)
軸足に力を籠めて一歩踏み出し太刀を薙ぐ。
(てめぇの人生を預けられる伴侶も生きて守り抜く強さを身に着けるのみっ)
薙いだまま更に切り上げれば皮膚に浮かび上がっていた汗が朝日を受けてきらりと宙に舞った。
土方が己自身の心と向き合っていた頃。
朝餉の支度がほぼ整った千鶴は味噌汁の味を確認して小さく頷いた。
「うん、美味しくできたかな」
味噌汁の鍋に蓋をすると、炭を掻き出し火を消す。
勝手場のある土間から見える最初の部屋の方に視線を向ける。
そこには喜助の趣味だという立派な囲炉裏があって、土方も千鶴もそれを一目で気に入っていた。
「歳三さん、まだ朝の鍛錬なさっているのかな?」
先程様子を見に屋敷の奥へ戻ると、夫である土方は庭に出て素振りをしていた。
屯所にいた頃はその様な光景を見た事がなかった。
もしかしたら自分の知らない所で鍛錬をしていたのかもしれないのだが、土方の刀を振るう様を千鶴が目にするのは実は初めてだったりもする。
どちらかというと、やはり部屋で仕事をしている姿の方が印象深い。
そしていつも眉間に皺を寄せている表情が多い。
だが、本当は厳しさよりも優しさや細やかな気遣いの出来る人なのだとこの二日の間に何度も感じる事が出来た。
今朝だって、自分が着替えていた時、夫である土方は何も言わず布団を畳んでくれた。
千鶴が後ですると言っても『構わねぇから風邪引く前に着替えちまえ』と優しい声でやんわりと拒否されてしまう。
有難う御座いますとは言ったものの、同じ部屋で着替えるのは正直まだ恥ずかしいと思う。
昨夜は夫婦となって初めての夜の営みをするにあたり、生まれたままの姿を見られてしまった。
とはいえ、それでもやはり着替えを凝視されるのは面映いどころではない。
そんな千鶴の心情を察してくれたのか、布団を片付けていた土方は背を向けてくれていた。
「本当に優しい方だよね…私には勿体無い人…でも」
自分の体質の事を含め、雪村千鶴という存在を受け入れてくれた人から離れたくない。
「私には私に出来る事しかして差し上げられないけど、精一杯頑張ろう」
竈の火の状態を確認すると前掛けで手を拭きながら部屋へと上がる。
囲炉裏の自在鉤にかけられた鍋が白い湯気を上げているのを確認すると、近くに置いていた手桶にそのお湯を柄杓を使って注いでいく。
熱くなり過ぎない様に先に入れておいた水との兼ね合いを見て温度を調整する。
「少し熱めが良いよね………ん~と、うん、これくらいかな」
コトリと柄杓を置き、傍に置いてあった二枚の手拭の内、一枚はその中に入れもう一枚は自分の腕にかけると、温かな湯に満たされた手桶を持って立ち上がった。
それを持って向かうのはもちろん、大切な夫のいる庭に面する縁。
「歳三さん」
庭で木刀を振るう土方に声をかける。
「朝餉の支度がもう直ぐ整いますから、そろそろ鍛錬を上がられませんか?」
「ふう…そうだな」
「汗を掻いておいでですから、お湯をお持ちしました。温かな手拭で汗を拭った後、乾いた方でもきちんと水気を取って下さいね」
「………」
「歳三さん?」
縁側に手桶を置きながら言う千鶴だったが、土方の視線が自分に向けられたまま固定されている事に気が付き、顔を上げると小さく首を傾げた。
「ん?…ああ、いや何でもねぇよ」
「?」
「……いや、な。今まではありがてぇって思ってもよこんな気持ちまではならなかったなぁなんて、な」
土方が近付いてきたので千鶴は手桶の中の手拭を絞ってすっと差し出す。
「こんな気持ち、ですか?」
差し出された温かい手拭を受け取ると、木刀を千鶴に預け、汗を拭く。
「こうしてお前ぇに世話焼いてもらうのも悪かねぇなぁって思ってな。普段からよ、お前ぇは俺の身の回りの片付けとかしてくれてたけどよ、何つーか、夫婦って関係になるとまた感じ方が違うんだよ」
「……それは、私も分かります」
「そうか」
「はい。だって、土方さんのお世話が出来ると嬉しいなぁって思っていましたけど、歳三さんのお世話が出来る…そう考えると嬉しいだけじゃなくて凄く幸せだなぁって思うんです」
「千鶴…そう、か」
「はい。あ!囲炉裏に火を点けていますので私、戻りますね。手桶はそのまま置いておいて下さい」
「お…おう」
にっこり笑顔を土方に向けると、千鶴はパタパタと部屋の方へと戻って行ってしまう。
そこに残された土方は、
「あ~……仕事行かねぇで一日中甘やかしてやりてぇ」
濡れた手拭に顔を突っ伏していた。
暫くして。
何時までもそういているわけにはいかないと、何とか我に返った土方が囲炉裏の部屋へ入って来た時には既に朝餉の準備は整っていた。
囲炉裏の自在鉤には少し小さめの囲炉裏鍋が掛けられ、まだ木製の蓋がしてある。
「あったけぇなぁ」
囲炉裏の傍の上座に置いてあった座布団の上に腰を下ろしそう言った土方の斜め前に同じ様に千鶴が腰を下ろす。
「昨日は使えませんでしたから、今日は張り切って準備をしてみました」
昨日ここに初めて来た時には、この囲炉裏の上には木の板が蓋をする様に置いてあり、まだ使うことが出来なかった。
だから今日からでも使える様にと、絹と千鶴で囲炉裏の支度をしておいたのだ。
「屯所に囲炉裏はなかったから、何だか凄く懐かしい気がします」
「ま、落ち着いて囲炉裏を囲める面子じゃねぇし、……よくて火鉢を囲むくれぇだな」
「それはそれで暖かいですけど」
御櫃の中の炊き立ての白米を茶碗に装いそれぞれの前にある膳の上に乗せる。
次いで、囲炉裏鍋に手を伸ばし蓋を外せば真っ白な湯気と共に実に食欲をそそる匂いがたち込めた。
鍋の中の具を大きめの匙で軽く掻き混ぜて、碗に注いでゆく。
「熱いですよ」
「おう」
汁碗を声をかけながら手渡す。
「んじゃ、食うか」
「どうぞお召し上がり下さい」
「ん!美味い」
「良かったぁ。これからはしっかりと食事を摂って頂きますのでそのおつもりで」
「う…」
「忙しい、食べている暇がないなんて別宅(ここ)では通用しませんからね」
「分かった分かった、お前に任せる」
「はい!お任せ下さい!」
本当に嬉しそうに笑い箸を進める嫁を見て土方は苦笑するしかない。
「千鶴、楽しそうだな」
「先程も申し上げましたけど、楽しいとか嬉しいとか全てを含めた幸せを感じてます」
「幸せ、か」
「はい。………歳三さんは幸せでは…ないですか?」
「あのなぁ、朝から可愛い嫁さんと一緒にこんなに美味い飯が食えて、これで幸せじゃないなんて言ったら罰があたるぜ」
「そ、そんな風に仰ってもらえるなんて…あ、ありがとうございます。私、歳三さんの妻になれて本当に良かった」
「お、おう」
頬を桜色に染ながらもにこにこ笑う妻を眺め、
(ああああああっっ押し倒してぇぇっっ)
己の理性と戦いながら味噌汁の具を噛み締める夫のことなど経験の浅い千鶴が気が付くはずもなく。
「お母さんから昨日頂いたお漬物美味しいですね。私も漬けてみようかなぁ」
朝餉の膳に箸を進めながら千鶴は白菜の漬物を笑顔のまま口に運んだ。
続く