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やっとでお届けいたします、夫婦騒動録10です。
やっと日付が変わります(苦笑)
先週から頂いてますコメントへのお返事は後程…。
遅くて申し訳ありませんが、頂いたコメントはいつも嬉しく拝見させて頂いております。

今回の内容はちょっと閑話っぽい内容で、土方さん殆ど出てきません(汗)
そんな物語は右下からどうぞ!

 

 


「私、お部屋に戻りますね」

 土方に捲り上げられた袖を元に戻しながら、漸く落ち着きを取り戻した千鶴がそう言った。

「んだよ、一緒に寝ないのか?」
「なっ何を仰ってるんですか!?」
「夫婦といや夜は同衾は基本だろ」
「きっ……基本…なんですか?」

 驚いた様に土方を見上げてくる千鶴に疑いの色は無く、ただ純粋に尋ねてきている様だ。
 からかいで言っただけの土方はもう苦笑するしかない。
 どこまで純真なのかと、笑みがこぼれる。

「ま、屯所内では勘弁してやるよ」
「…はぁ」
「何だ?一緒に寝たいってのか?」
「そっそんな事申し上げておりませんっ。お、お休みなさいませっ」

 ぺこりと頭を下げた千鶴が慌てて出て行ってしまった。

「千鶴が俺の嫁たぁ世の中どう転がるか分かったもんじゃねぇよな」

 ふぅと息を吐き、文机の前に腰を下ろした。
 そこにはやりかけの仕事が残っていたが、一旦それを畳の上に下ろし新しい紙を用意する。

「凝縮された一日…いや、半日だったな…」

 呟くように言いながら真っ白な紙に筆を走らせた。


 一方、部屋に戻った千鶴はドキドキと弾む胸を押さえ座り込んでいた。
 先程この部屋に戻って来た時にはこの世の終わりかというくらいに落ち込んでいた。
 しかし今はこれ以上ないというくらいに幸せという、全く逆の気持ちだった。

「土方さんのお嫁さん…」

 ぽつりと呟いてみる。
 たったそれだけの言葉で顔が赤くなった事を自覚した。

「信じられない…朝起きたら全部夢だったとか…そんな事無いよね?」
「安心しなさい。そんな事は無い、全てが現実だ」
「え?」

 独り言に返ってきた声に千鶴が顔を上げる。

「まだ起きているかな?」
「は、はい」

 千鶴は急いで立ち上がり襖戸を開ける。
 そこには大きな包みを持った井上がいた。

「如何なさったんですか、井上さん」
「少し中にいいかい?」
「はい、どうぞ」
「では失礼するよ」

 井上は中に入ると千鶴の前に手にしていた包みをそっと下ろすとそのまま畳に腰を下ろした。
 千鶴も彼の前に姿勢を正して座る。

「あの…これは?」
「まず私からもお祝いを言わせてほしい。雪村君」
「はい」
「トシさんとの婚姻おめでとう」
「井上さん…ありがとうございます」
「トシさんはね、何時も何時も新選組第一のお人だから、心配になるぐらい自分の事には無頓着でね」

 そう語る井上の表情はとても柔らかい。

「だから君みたいに気立ての良い娘さんが彼の元に嫁いでくれるのは本当に嬉しいんだよ」
「私は何も出来ません…自分に出来る事を精一杯させて頂いているだけです」
「そんな所が君の良いところだね。でももっと君は自分に自信を持っていいんだ」
「自信…ですか?」
「そうだよ。君はきっと素晴らしいトシさんの奥方になる。私はそう思っている」
「あの、頑張ります」
「ああ。トシさんの事頼んだよ雪村、いや千鶴さん、か」
「これからも色々教えて下さい」
「私で出来る事ならいつでも言って欲しい。勇さんと同じで私も君の事は娘の様に思えるからね」
「ありがとうございます。私、近藤さんや井上さんに土方さんのお話をもっと聞かせて頂きたいです」
「もちろんいいとも。彼のことは昔から知っているからね。…千鶴さん」
「はい」
「これなんだが、私から君に贈り物をと思ってね」

 井上がそう言ってゆっくりと包みを開けた。
 中に入っていたのは淡い桜色の綺麗な着物だった。

「素敵なお着物…」
「夕餉の後に帰って来られた勇さんからここだけの話なんだがと、今回の事を聞いてね。明日にでも別宅を見に行かせたいと仰っていたから、必要になるだろう?」
「態々、揃えて下さったんですか?こんな時刻ではお店も閉まっていたのではないですか?」
「ははっ。私はねこう見えても顔が利くし誰かさん達の様に花街やなんかで呑んだり遊んだりしないから貯えも皆より多めにあってね。君に何色が似合うだろうか簪はどんな物がいいのかって想像しながら選ぶのはとても楽しかったよ。迷惑でなければ受け取って欲しい」

 そういえば先程広間に井上の姿が無かったと、千鶴は思い出す。
 これを揃えに出てくれていたのだろう。

「井上さん…ありがとうございます」
「お礼は君が幸せになる事で良いよ。…新選組の内情に巻き込んでしまって本当にすまなかったね。応援するから、いつでも手を貸すから、幸せになりなさい」
「いの…うえさぁん」
「おやおや、泣かないで。大丈夫、トシさんならきっと君を幸せにしてくれるから」
  
 よしよしと優しく頭を撫でられると、涙がますます零れ落ちてくる。
 今日は本当に泣いてばかりだ。
 だがこんなにも優しくしてもらうと、どうにも堪える事ができない。

「さて今日はもうゆっくりと休みなさい。明日はこの着物を着て部屋を出てくれると嬉しい」
「はいっ」

 涙で濡れてはいるものの千鶴の表情は晴れやかだ。

「では、おやすみ」
「お休みなさいませ。井上さん、本当にありがとうございます」
「そうそう忘れる所だった。明日の朝の食事当番なんだけど」
「あ、私ですけど?」
「私と交代してくれるかな。実は勇さんから頼まれているものがあってそれを準備したいから私が勝手場に行くよ。君はゆっくりしていなさい」
「でも」
「いいね?」
「…はい。では宜しくお願い致します」

 井上は笑顔で頷いた後、部屋から出て行った。

「私は…ここに来れて、良かった…」

 井上から貰った着物をそっと持ち上げて、その胸に抱く。
 明日から、娘姿に戻れる。
 それだけではない。
 心の奥でそっと温めていた彼への想いがその人に受け止めてもらえた上に、妻となった。
 これ以上、本当に何も望めない。

「幸せになりたい…幸せにして差し上げたい。私に出来る事…精一杯頑張ろう」

 着物を抱きしめたまま千鶴はそう誓った。
 


 ―――そして、翌朝

 
「ち…千鶴?」

 井上から贈られた着物を纏った千鶴が最初に出会ったのは、土方でも井上でもない。

「うん、お早う平助君」

 昨日一人で散々受難を引き受けた彼であった。

「え…なんで、どうしたんだよその着物」
「これね昨日の夜、井上さんから頂いたの」

 どうかな?と頬を赤らめて問うて来る千鶴に、問われた方は言葉が出てこない。

「平助君?」
「…………い…よ」
「え、何?」
「すげぇ、綺麗だよ!」

 桜色の小袖に淡い若草色の帯。
 髪を纏めた簪もどうやら桜の花を模してあるようだ。

「びっくりした!千鶴すっげぇすっっげー綺麗だよ!よく似合ってる!!」

 興奮してまくし立てる様に褒めちぎる藤堂に千鶴ははにかむ様に微笑んだ。

「ありがとう」
「やっぱ、女の子なんだよな…つか……そっか………人妻か…」
「え?なぁに?何か言った?」
「あああああっあのさ!」
「?」
「その…良かったな、娘姿に戻れて」
「えと、でもね…まだ土方さんには許可を頂いてないの」
「え?」
「えっとね、まず井上さんに見て頂こうと思って勝手場に行く途中なの」
「源さん?勝手場って、今日の朝の当番は俺と千鶴だよな?」
「近藤さんからの頼まれ物があるとかで、井上さんが交代して欲しいと仰ったの」
「ふ~ん。じゃあ行こっか」
「うん」

 並んで歩き始めたところで、はたと思い立った藤堂が立ち止まる。

「…平助君?」
「もしかして、その格好見たの俺が初めて…とか?」
「うん、そうだけど…どうしたの?」
「そっか」
「うん」
「そっかっっ!」

 こんなに可愛くなった彼女の娘姿を一番最初に見たのが夫となる土方でも贈り手である井上でもなく自分だという事が、昨日から落ち込んでいた気持ちを一気に引っ張り上げた。
 なんとも単純な八番組組長である。

「今日も元気に頑張ろう!」
「へ、平助君??」
「なーんか元気出てきたぜ!!」
「ちょ、ちょっと待って~」

 突然走り出した藤堂を、小袖姿の千鶴が慌てて追いかけていった。

 

続く
 

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