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ちょっと物語が進展しますが、個人的に前半は楽しんで書きました。
お盆中に終わる予定でしたが…終われるか不安です…。
では右下からどうぞ。
「千鶴…」
「は、はい」
不可解な事件のあった日の夜。
夕餉を済ませ湯浴みも済ませた千鶴は、何故か頼まれたわけでもないのにお茶を持って土方の部屋を訪れていた。
お盆を手に持ったまま俯いて視線を彷徨わせている千鶴は、身体ごと振り返り呆れた表情を千鶴に向ける土方の正面に座っている。
「いったい俺にどれだけ茶を飲ませる気だよ、おめぇは」
「夏は…水分を取った方が…良いそうですし…その……えと…」
実に言い難そうに答える千鶴にあのなぁ、と土方は溜め息混じりに言い側にあった熱い湯飲みを持ち上げた。
「これは今持ってきた茶だな」
「は…い」
「だよな。ならよ、これは?」
文机の上に乗せていた中身が半分ほど減った湯飲みを持ち上げて土方が問う。
「半時(30分)ほど前に…お持ちした…お茶です…」
「そうだな。なら、これは何だ?」
今度は文机の下に置いたままの空の湯飲みを持ち上げて土方が問う。
「………」
「千鶴」
「一時(1時間)ほど前に……お持ちした………」
「茶だよな?」
「………………はい…」
「俺は茶を頼んだ覚えはねぇ」
「はい…」
「しかも夕餉の時にもその後風呂に入った後も俺はお前の茶を飲んだ」
「……は…い」
「確かにお前の茶は美味ぇよ。腕を上げたのは俺も認める」
「ありがとうございます」
「でもよ、いくら美味くても限度があんだろうが」
「すみま…せん…」
溜め息混じりに言われた千鶴はしゅんとますます俯いてしまう。
「それから」
「はい」
「あのな、いくらこっちが幹部棟で平の隊士がいないとしても絶対来ねぇ訳じゃねぇんだぞ」
「…はい」
「それが分かってんなら、そんな格好でうろつくんじゃねぇ」
土方の言うそんな格好とは上に何も羽織っていない寝巻き一枚の姿の事だ。
「申し訳ありません…」
小さな身体を更に小さくして千鶴はきゅっとお盆を掴んだ。
そんな千鶴を見ながら、
(年頃の娘がこんな夜更けにしかも薄着で男の部屋に来るなって言いてぇとこだけど…)
首の後ろを掻きながら、口から出そうな言葉を飲み込んだ。
約2年、この娘と暮らしてきた。
だがこんな行動をとったのはこれが初めてだ。
日が暮れて闇が深さを増せば増すほど、千鶴は土方の側に来る。
お茶をこんなにも頻繁に持ってくるなど今までに一度だってなかったのだ。
お茶を持ってくるという理由をつけて、土方の側にいようとする千鶴の真意は。
「そこまで駄目なのか?」
土方が問えば、千鶴の肩がビクリと震える。
「すみま…せん…」
「ったく…総司の奴め」
「私…嫌だって言ったんです…。ちゃんと言ったんですよぉっ!」
千鶴が顔を上げて土方に訴える。
沖田が無理やり読んで聞かせる怪談が怖くて、苦手だから止めて欲しいといった事。
止めてと言っても続けるものだから仕事を理由に彼の側を離れようとしたのに、付いて来て怪談をやめてくれなかった事。
途中からはボロボロ泣きながらの訴えとなってしまい、流石の土方もこれには参る。
普段から我慢強く我侭の1つも言わない健気な娘の必死な訴え。
「総司には俺からきつく言っとく。近藤さんにもしっかり灸を据えて貰う」
「う…うぅう…ひっく…幽霊とか…こわ…い…です…」
「ああ、悪かった。源さんにも総司を叱ってもらうよう言っておく。だから今日はもう部屋に戻って寝ちまえ、な?」
兎に角、沖田の悪ふざけが過ぎた結果が千鶴をここまで怖がらせているのは間違いない。
一晩眠れば落ち着くだろうと思った土方が部屋に戻るよう促したのだが、千鶴は不安げな瞳を揺らす。
「…ひっ1人でですか?」
「…当たり前だ…。部屋までは送ってやる」
「………はい」
「ほら行くぞ、盆はもうそこに置いとけ」
そう言って土方が立ち上がれば千鶴が慌ててそれに続き、障子戸を開けて廊下に出ようとした時には土方の左手を千鶴の右手がしっかりと握っていた。
普段なら絶対にありえない千鶴のこの行動。
小さく細い手が己の手に必死で縋り付く様に握り締められる。
その手は小刻みに震えていた。
振り払う事などできるはずもなく、土方は千鶴の手を握り返してやるとそのまま歩き出した。
部屋に向かう途中、風が吹けばビクリと身を揺らし、小さな物音がすれば土方との距離を更に縮めて来る。
(このまま部屋に戻しちまったら不味いかもしれねぇな…。近藤さんにでも頼んで一緒の部屋に寝かせてもらうかどうかしねぇと…)
千鶴の怯え様では、きっと一人では眠れないだろう。
そう考えた土方が千鶴を連れて彼女の部屋ではなく近藤が休んでいる部屋へと目的地を変えたその時。
「あれ?どうしたんです、仲良く手なんか繋いじゃって」
千鶴が怯える原因を作った張本人が姿を現した。
沖田が近付くと、千鶴はビクリと身体を震わせる。
「おめぇの所為だろうが。後で説教してやるから首洗って待ってやがれ」
「え~、嫌だなぁ。土方さんねちっこいんだもん」
「総司っ」
どこまでも人を馬鹿にしたような沖田の態度に土方の堪忍袋の尾に亀裂が入る。
夜だろうがもう構っていられるかと怒鳴りかけた土方の腕を、
「………して…?」
千鶴が両手でしがみ付く様にして引っ張った。
「どうした千鶴」
「お…沖田さん…?」
「どうかしたの?千鶴ちゃん」
「ひ…土方…さ…沖田さんじゃ…ないっ…です!」
「はぁ?っておいっ!」
そう言った千鶴はいきなり土方の身体を庭側に押し出した。
まさかの千鶴の行動に直ぐに対応できなかった土方は、地面に打ち付けられる瞬間にどうにか千鶴を庇いながら受身をとる事が精一杯だった。
「へぇ」
縁側から感心したように見下ろすのは沖田。
「総司…」
千鶴を抱きしめたまま土方は彼を見上げる。
その視線の先に映るのは、
「避けるなんて酷いですよ」
太刀を握った沖田がにやりと笑う。
彼の直ぐ側、先程まで土方達がいた場所にある柱の中腹がばっさりと斬られている。
「やっと見つけたんですから邪魔しないでもらえます?」
太刀を下に下げてヒラッと沖田が縁側から飛び降りてきた。
それとほぼ同時に土方は千鶴を引っ張り共に立ち上がる。
「総司…お前何時から左利きになったんだ?」
目の前に立つ沖田を睨みつけ、土方は千鶴を素早く背中に庇う。
屯所の中、千鶴を部屋に送るだけのつもりだった土方の腰には愛刀の姿はない。
「仕方がないじゃないですか。僕が僕である所以なんですから」
太刀を左手に持った沖田が得意の突き技の構えをとったのと、
「貴様、何もんだっ」
そう土方が怒鳴るのと、
「人の姿で勝手に遊ばないでもらえるかなぁっっ!」
そう言った男が右手で刀を薙いだのはほぼ同時だった。
「総司っ」
「沖田さん!」
土方と千鶴の前に立つのは、太刀を右手に持つ沖田だ。
「分かってると思うけど、こいつ僕じゃないから」
「……変な夢でも見てんのか俺は」
「僕もそう思いたいんですけど、ねっっ!」
斬りかかって来た左利きの沖田の刃と右利きの沖田の刃がギィンと音を立ててぶつかり合う。
二人の力は互角の様で、どちらとも引く様子は無い。
「ちょっと土方さん、刀はどうしたんですっ?」
「悪ぃ…部屋だ」
「んもうっ!役にたたないんだからっ!」
「うるせぇっ!元はと言えばお前が悪いんだろうがっ」
応戦しながらも文句だけはきっちりと言う、間違いなくこっちが自分の知る沖田であると土方は確信する。
「ちょっとどいてくれるかな、僕?」
「ちょっとも退く気はないよ、偽者っ」
「だったら斬っちゃうしかないね」
「それはこっちの台詞っ」
目の前で繰り広げられる剣戟ははっきり言って異様であり過ぎる。
沖田が二人、目の前で戦っているのだから。
「ちっ。何なんだよ、一体」
「土方さん…」
「動くなよ千鶴。側から離れんな」
「はい」
暫く続いていた剣戟だったが、別の介入者によってその流れが一変する。
「うわっ総司が二人も居やがる!?」
「どういう事だよっこれっっ!」
「どっちが本物の僕か迷ったら殺すから」
左利きの沖田の背後をとったのは驚きながらも抜刀した藤堂と永倉だ。
「副長、千鶴も怪我は?」
「ったくどうなってんだよこりゃ」
千鶴を護っていた土方の側には斎藤と原田が駆け寄って来る。
「どうもこうも俺にもわかんねぇよ。ただ言えるのは、この屯所にゃ招かざる客って奴のようだ」
太刀を持っていなかった土方に、原田が腰に差していた自分の太刀を渡す。
これで千鶴以外は戦える体勢が整ったことになる。
「へぇ、僕1人に6人が相手?ちょっと卑怯じゃない?」
「新選組は多対一が基本なんだよ。卑怯だろうが何だろうが貴様を倒しゃそれでいい」
「そういえばそうみたいだね。…この姿でもこれはちょっと不利かな?」
左利きの沖田がそう言って刀を納める。
何を考えているのか分からない為、土方達は警戒を解かない。
そんな彼等を楽しそうに見回し、
「でも知識は増えたよ。…そして探していた物も見つけた」
最後に千鶴を見ると獲物を見定めた狼の様な瞳で彼女を射る。
「また来るよ。だって僕」
そう言った左利きの沖田の姿が瞬時に消える。
「なっ!?」
「消えた?」
「どういう事だよ??」
この場にいる全員が睨みつけていたのだから消えたという事に間違いはない。
目の前で起こった現実に一同が息を飲んだとき、
「痛っ!」
短く叫ぶ千鶴の声が響いた。
同時に全員が首を動かせば、消えたはずの男が千鶴の直ぐ側にいた。
驚くよりも早く土方の剣が翻る。
「君の生き胆が欲しいんだ。ずっと探していた…またね」
確実に捕らえたと思った剣先には何の手ごたえもない。
今度こそ姿を消した男に全員が何も言えず、固まった。
ただ、千鶴だけが。
その場に力が抜けたかのように座り込んでしまった。
続く