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夫婦~に出てくる人は皆何だか優しいです。
幸せな話を書きたいと思っているので自然とそうなっちゃってます。
13話から一ヶ月も空いてしまいましたが、久しぶりの土方夫妻の物語で楽しんで頂ければと思います。
では小説は右下からどうぞ。
「さて、んじゃ泉屋に向かうか」
「はい」
菱屋の主人に見送られて、二人は店を後にする。
向かう先は別宅を格安で譲ってくれた泉屋だ。
「どんなお宅なのでしょう」
「さぁな。二人じゃちと広いって言ってたしなぁ」
「楽しみになってきました」
そう言って微笑む千鶴を振り返り土方は苦笑した。
「お互いの居場所が分かるくれぇの広さが俺としちゃぁ良いけどなっと、こっちだ」
路地を通り抜けると目的の場所は目の前だった。
「ここが泉屋さん…立派なお店ですね…」
「まぁ京でも五本の指に入る大店って言われる問屋だからな」
「こちらにいらっしゃった事はないのですか?」
「俺はねぇよ。…近藤さんはなんか知り合いみてぇだけどよ」
二人して店の前で看板を見上げていると、
「おこしやす」
番頭らしき男に声をかけられた。
「御用でございましょか?」
「ん…ああ、私は新選組の副長土方という者です。局長の近藤を通して御主人と縁を持たせてもらったのですが、お会いできますか?」
「新選組の?へぇ、ちょおお待ち下さいね」
一瞬驚いた表情を見せた番頭だったが一度頭を下げると店の中へと戻っていった。
「ふふっ」
不意に土方の隣りにいた千鶴が笑い出し、それに気が付いた土方が彼女を見下ろす。
「なんだ?」
「すみません、でも…歳三さんが『私』と仰って、とても丁寧な言葉を使われるものですから」
「そりゃ…なぁ。笑う事か?」
「いいえ。でも、新鮮だなぁと」
思いまして、そう言って微笑む姿に文句を言う気も失せる。
「色々な歳三さんを拝見できて嬉しいです」
「何言ってんだ」
「?」
「これからだろ」
「歳三さん」
「俺だって、お前が俺に見せた事のねぇ姿見せてくれんの、楽しみにしてんだからよ」
「えっと…何だか…恥ずかしいですね」
千鶴が赤くなりそうな頬を両手で挟む様にして笑う姿を見た土方は、その視線を逸らした。
(……恥ずかしい姿も見てぇんだって…日のたけぇうちから言うもんじゃねぇよな…)
「歳三さん?どうかなさいましたか?」
「…………何でもねぇ」
「??」
「だから何でもねぇって」
「どうして目を逸らされるんですか?」
「何でもねぇからだって」
「歳三さん、何を隠していらっしゃるんですか?私には言えない事なのですか?」
「…お前変にしつこいぞ」
「それはっ…だって……ですから…」
「うん?」
「と…歳三さんの事だからっ。だから…気になるんですよっっ」
「千鶴」
「な、何でしょう?」
「お前、ほんっと可愛いな」
「なっ何を仰ってるんですか!こんな往来でっっ!!」
「自分の気持ち言うのに場所なんざ関係ねぇだろ。気にすんな」
「お願いですから気にして下さいっ!」
「そう言うがよ、先に言ったのはおめぇだぞ」
「ふぇ?」
「俺の事だから気になるって叫んだろ」
「………―――――っっ!!!」
今度こそ千鶴は顔を真っ赤にして蹲ってしまった。
(わっっ私ってばなんて事をっっ!)
「ち、千鶴」
(うわぁぁんっ恥ずかしいっっ!!!)
「おいこらそろそろ落ち着け。つか、落ち着いてくれ」
(どうしようっは、はしたなかったかなっっ!?)
「……ちづ…あ、千鶴、取り敢えずまた後で混乱しろ」
(恥ずかしいーーーっっ)
「ち・づ・るっ」
あまりにも落ち着かない千鶴の顔を両手で固定し正面から名前を呼んでやると、
「ふ、ふえぇ」
「落ち着け」
「私…私…」
涙目になった千鶴がやっと土方を見た。
「分かった分かった」
本当は額にでも唇にでも口付けてやりたいところなのだがそれをぐっと堪え、千鶴の顔をそのまま横に向ける。
「……あ…」
「ほんま、仲のよろし夫婦や」
「申し訳ありません、土方です」
二人の視線の先には白髪で老齢の男性が笑顔で立っていた。
「近藤はんから聞いとった以上に良う似合いの二人やな」
「あ…の」
「泉屋の主、喜助っちゅう爺や。よろしゅうな」
にこにこ微笑む好々爺に流石に千鶴も慌てて立ち上がり背筋を伸ばした。
その隣りでまず夫である土方が丁寧に頭を下げる。
「新選組副長、土方歳三と申します」
「妻の千鶴と申します」
続けて千鶴も綺麗なお辞儀で挨拶をした。
「はいよ。しかし、なんやな」
「はい?」
「新選組副長の噂だけ聞いとったら鬼やゆうとるやろ。訪ねて来るんはもっとごつい男や思うとった」
「ごつい…」
「せやから最初見た時は驚いたんよ、えらいな色男と別嬪さんが訪ねて来はったって」
「……はぁ」
「ほな行こか」
「行く?」
「ここで立ち話しとっても切りあらへん。家の方へ案内するよって、ついといで」
ほな店は任せたよ、そういうと喜助は先に歩き始めている。
土方と千鶴は顔を見合わせ、番頭に一礼すると直ぐに後を追った。
「近藤はんとはな一年程前に町で浪士に絡まれとった所を助けてもろてなぁ、それが縁でお付き合いさせてもろうとるんよ」
案内される道すがら、泉屋と近藤の関係を喜助が話してくれた。
「初めは【新選組】や聞いて警戒してな。失礼な事言うてもうたのに、それでもあのお人は【お二方も御無事でしたらそれで結構】言うて穏やかに笑わはったんよ」
「近藤さんらしいですね」
ふふっと千鶴が笑うと土方は小さな溜め息と共に苦笑した。
「あの人は困ってる人を放っとけないからな…面倒事に繋がる事もあるんだがよ…」
「そやそや、近藤はんも言うてはった。自分がこうやさかい副長にも心配かけてまう、てなぁ」
「自覚はあるのか…」
「歳三さん」
「人情味溢れるお人やさかいな、私らも打ち解けるんは早かったで」
こっちや、そう言いながら喜助は角を曲がる。
「そんな近藤はんに家を譲れるんやったら嬉しいなぁって思うとったから一度断られた時はほんまに残念やった。そやけど昨日突然いらはって【トシが嫁と共に暮らす別宅が欲しい】て満面の笑顔で言わはった時は流石に驚いてもうたけど」
「申し訳ありません」
「あの近藤はんが一目置いて心から信頼しとるお人や。そやから私も家内も二つ返事で了承したんよ。さて着いたで」
そう言って喜助が立ち止まったのは立派な門構えの屋敷の前だった。
「「………は?」」
笑顔のままの喜助に対し、思わず二人は門を凝視して固まる。
(………こりゃ…侍屋敷…だろ?)
(………え?……)
「どこぞのお武家はんが元々住まはってたらしいけどな。故郷に帰らはって、空き家になっとたんを私が若い頃に買いとったんや。せやから所々修復せなあかん所もあるかもしれへん」
「ずっと…お住まいだったのですか?」
「そや。そやけどなもう私等は出とるさかい、今日から住んでもろてもええよ」
「「………」」
どんどん言葉が出てこなくなる二人を招き、喜助は門を開いて中へと進んでいく。
門を潜った先には開け放たれた木戸がありそこに入れば広々とした土間に大きな竈が二つ並んでいた。
大きな水瓶がどんと角を占領し、諸々の食器もあれば、調理道具も綺麗に並べてかけてある。
そして何よりも良い匂いで充満していた。
「うちのがはりきっとってな。先に来て掃除しとるはずや。…おーいお絹、お連れしたで~」
土間の上がり口から中へ呼びかければ、パタパタと言う足音と共にはーいと言う返事が返ってきた。
そして間を置かず少しふっくらとふくよかな、やはり白髪の老女が姿を見せた。
「待っとたで。よう来はったなぁ。楽しみにしとったんよぉ」
「私の家内の絹や」
「土方歳三です」
「千鶴と申します」
「歳三はんと千鶴はんやね。さぁさぁはよ入り」
「は…はい」
「うちねぇほんまに楽しみにしとったんよ。せやけどこないに可愛らしいお嬢はんやなんて、千鶴はんお幾つ?」
「16です」
「まぁまぁ、お嫁に行くには丁度ええねぇ」
絹は千鶴の手をとって部屋へ進んでいく。
「家財道具は必要な分だけもう運び出しとるから、嫌や無かったらつこうて」
「宜しいのですか!?」
「新婚はんが一から揃えるんは大変やろ?古い物もあるさかい、使えんのは処分したって」
「……歳三さん!」
後から喜助と共に入ってきた土方も驚きを隠せない。
「本当に宜しいんですか?」
「私等は江戸の息子の元に行くさかいな。着物や身の回りの必要なもんだけあったら良いんや」
「本当に何から何までありがとうございます」
「大切に使わせて頂きます」
二人が揃って頭を下げる様子を老夫婦が優しく見詰める。
「近藤はんが自慢しはるんがよう分かったわ」
「うちらもあんたはん方の様な御夫婦にこの家を譲れて、ほんま嬉しいわぁ」
「ほな、家ん中案内しよか」
老夫婦に家の間取りを聞きながらその屋敷の中を歩いて回った。
「こっちが厠。お手水はそこや。こっちの庭は日当たりはまあまあや。洗濯物はな反対側のお庭に干した方がええよ」
「綺麗な庭ですね」
「庭を弄ったんは私や。大きな石を並べて、そこには小さいけど池もあるんや」
「水が湧いとってなぁ、涸れる事は一度もなかったで。昔は縁日で買った金魚を入れたりもしとったよ」
「金魚をですか?素敵ですね」
「やってみたらええよ。そしたら今度はこっち。そこが納戸でこっちがな…」
絹の説明はまだ続く。
そんな老女を先頭に一通り家の中を見て回り、土間の隣りにあった部屋へと戻って来た。
「まぁ、こんなもんやろ。後は住んで色々変えていったらええ」
「二人の住み易いようにしてってな」
「本当にありがとうございます」
「そろそろ昼餉の時刻やなぁ。お料理は出来とるさかい、皆で食べよ」
「お手伝いします!」
「ほんま?嬉しいわぁ。そやったら千鶴はん借りてくな」
絹と千鶴は土間の方へと下りていった。
「堪忍なぁ」
突然の謝罪に土方が喜助を振り返る。
「え?」
「絹はな息子が生まれた時から嫁と一緒に家事をするんが夢やったんよ。そやけど、息子は江戸で店を開いて嫁はんもそっちで見つけたさかい、結局何も出来ひんままやってな。千鶴はんが可愛いて仕方あらへんみたいや」
「千鶴は物心付く前に母親を亡くしています。男手1つで育てられてますからきっとお絹殿とご一緒できるのは嬉しい事だと思うんです」
土間から聞こえてくる楽しそうな千鶴の声に、土方は柔らかい笑みを浮かべた。
続く