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後1話、後編で終わる予定ですが、長くなるかも…しれません。
もっとギャグ風味のほのぼのな話になる予定だったんですけど…おかしいな…。
何か、ちょっとシリアスです。
そんな小説は右下からどうぞ!
スッと障子戸を開けてみる。
そこは、見慣れてはいるがもう二度と目にする事はないはずの風景が広がっていた。
「えっと…」
縁に出て周囲を見渡す。
「……と、歳三さん?」
遠慮がちに、小さな声で夫の名を呼んでみる。
返事が無いだろう事は予想していたが、その他の反応も皆無のようだ。
「ここは、壬生の屯所…よね?夢、見ているのかな?」
そう思い頬を少し強めに抓ってみる。
「痛いってことは現実なのよね…あれ?昔こんなことがあった様な…」
痛みを感じた頬をさすりながらふと思い出す。
考え込んでいた為に気付かなかったのか、それとも気配を消していた為にその存在に気付かなかったのかは微妙なところだが、ヒタリと冷たい感触が首筋に当てられた。
「?」
「動くんじゃねぇ」
聞きなれた声が、少し低く威嚇するかのように言葉を紡ぐ。
「!」
「てめぇ何者だ?ここが新選組屯所としっ」
「歳三さん!」
「って…はぁ?」
首筋に当てられていた物の正体など考えなくても分かる。
声の主の言葉を遮って、それに恐れる事も無く『彼女』は、未来の千鶴は振り返った。
「やっぱり、歳三さん。ああ、とても懐かしい。御髪も長いですね!」
「だ、誰だてめぇは?」
「あ、失礼致しました。千鶴ですよ、雪村千鶴です」
「………冗談は寝てから言え」
「起きていますから冗談ではありませんね」
「……あのな…」
にっこりと嬉しそうに微笑む姿はとても目を引く。
が、土方の知る千鶴はこんな大人の女ではない。
確かに似ている事は似ているが…。
「で?本当は誰なんだよ」
「本当も何も嘘は申してません。私は雪村千鶴です」
「俺が知っている千鶴はもっと子供だ」
「歳三さんから見て、私は大人になっていますか?」
「…何だって?」
「だって、そういった事はあまり仰いませんでしょう?お尋ねした事もありませんでしたが」
「お前、自分の今の状況分かってんのか?」
「優しいお言葉や甘いお言葉は頂きますけど」
「おい」
「…?どうかなさいましたか、歳三さん」
「……あのなぁ…」
毒気を抜かれるとはこのことだろうか。
先程からずっと首筋に当てているのは抜き身の太刀だ。
ほんの少し土方がそれを引けば、その白い首筋から鮮血が溢れ出ることは間違いない。
だが、千鶴はあまりその事には脅えていないようだ。
笑顔で『歳三さん、歳三さん』と呼ばれると尋問していた己が間違っているかのように感じた。
「もう一度聞く」
何の効果も無いと諦め、刀を鞘に戻し土方が問う。
「てめぇは何もんだ」
「ですから」
千鶴はぽんと両手を胸の前で合わせて、それは美しく微笑んだ。
「千鶴です。未来の時間で貴方の妻となっている、千鶴です」
「……………つっ」
「歳三さん?」
「つ…妻だぁっ!?」
「はい!」
春風のような暖かな声音で紡ぐ彼女の言葉に、土方は口をパクパクとさせる。
言葉が出てこない。
目の前の女性は未来の千鶴で、しかも自分の妻だという。
(まてまてまてっ、何がどうして一回り以上も年下のガキを娶らなきゃいけねぇんだ!?)
頭の中でぐるぐると纏まらない考えが回り続ける。
全てが嘘だと、貴様は間者だと断言し、切り捨てれば問題ないのではないか?
そうは思ってみても、何故かこの笑顔には逆らえない…気がする。
「何故この様な事になっているかは私も分からないのですが、今の歳三さんが御存知の千鶴は私の夫である歳三さんの元に行ってますから、大丈夫なんです」
「…つまり、だ。俺達が預かっている千鶴は…未来に行っているってぇ言いてぇのか?」
「さすが歳三さんですね。御理解が早くて助かります!」
「ご理解がって、おい…」
「煩いなぁ土方さん。さっきから大きな声で何話してるんです…ん?」
反対側の廊下から姿を見せたのは沖田だ。
「土方さんの焦ってる声なんて珍しいよなって…あ!」
隣りには藤堂も一緒にいる。
「「土方さんが女を連れ込んでるっっ!」」
二人の息がぴたりと合った、屯所中に響き渡ったのではないかという大きさの声が土方に向けられた。
「なっ何を言ってや」
「沖田さん!平助君!」
またも土方の言葉を遮ったのは千鶴だ。
「…誰?……千鶴ちゃんに似てるけど」
訝しげに沖田が言う。
「確かに千鶴にちょっと似てるけどさ、千鶴よりずっと大人じゃんか」
藤堂がそう言って、千鶴を見やった。
「沖田さん、平助君」
彼女がもう一度自分達を呼んでから近付いてきた。
いつもだったらきっと刀を抜いていたのだろうが、そんな気が起こらないのは何故なのだろう。
沖田も藤堂も近付いて自分達の手をとった彼女を驚いたように見つめた。
「お二人ともお元気そうで…」
彼女の瞳は潤んでいる。
瞬きをすればきっとその頬に涙が伝う。
「土方さん」
「何だ、総司」
「何だじゃなくて、この美人さんは誰なんです?」
自分達の手を握りじっと見つめてくるだけで彼女は何も言わない。
何も言わないのではなくて、言葉にならないそんな感じだ。
「………未来の…千鶴、だそうだ」
「土方さん…仕事のし過ぎで壊れたんですか?」
「頭ん中沸いたのかよ?」
「いい度胸じゃねぇか、二人とも」
土方の米神が引き攣るのを見て、沖田はにやりと笑い藤堂は目を逸らした。
「歳三さんは嘘を申されてはいませんよ」
ふふっと笑い、千鶴が告げる。
「と、としぞうさん?土方さんの事だよね、それ」
「はい」
「え、未来では歳三さんって呼んでんのか?」
「うん。自分の夫を苗字で呼ぶ妻がどこにいるんだって仰ったから」
「夫っ!?」
「妻ぁ!?」
「慣れるまで大変だったんですよ」
にっこり笑う千鶴の頬は少し赤く染まっていて、潤んでいた瞳から涙は零れずにすんでいた。
そこには新妻の初々しさと可愛らしさが滲み出ている。
「君、本当に千鶴ちゃんなの?」
「はい。ここは元治元年ですよね?ですから、それから考えて6年と少し先の未来から来た千鶴です」
「本当に千鶴なんだ?夢じゃねぇの?」
「さっき頬っぺたを抓ってみたのだけど、痛かったから夢ではないみたい。それに」
「それに?」
「不思議ですけど思い出してるんです、少しずつ。ああ、そういえば昔こんな事があったなぁって。きっと今頃歳三さんも同じことをお考えだと思います」
「千鶴なんだな?」
「うん、平助君」
「千鶴ちゃん6年も経つと結構美人さんになるんだねぇ」
「そ、そうでしょうか?自分では子供っぽさが抜けきれて無いって思っているんですけど…」
3人が楽しげに話し出すのを見ていた土方が溜め息を吐く。
「如何なさいました?歳三さん」
溜め息に気付いた千鶴が心配げに尋ねてきた。
「…たく、なに和んでんだよてめぇらは」
「え~、だって歳三さんの奥さんですよ?」
「そーだよ、歳三さんの女房だぜ?」
「あ…のなぁ…」
「土方さんは疑ってるんですか?」
楽しそうな沖田に土方は睨んで返す。
「普通未来から来たなんざ信じられるわけねぇだろうが!」
「そうじゃなくて、自分が千鶴ちゃんと夫婦っていうのが信じられないんでしょ?」
「総司っ!」
「やだなぁ、土方さんの照れた顔なんて見ても楽しくないんですけど」
「誰が照れて」
「歳三さん、お顔が赤いですよ」
「なっ、お前まで!」
口元に手を当てて千鶴が笑う。
その様子を見ていた沖田と藤堂が驚いた様に千鶴を見た。
(千鶴ちゃんが土方さんをからかってる)
(千鶴が何か強いんだけど)
お互いの心の声が感じ取れたのか二人が顔を見合わせる。
自分達の知る千鶴は決して土方に逆らったり、ましてや沖田の様にからかったりなどするはずが無い。
数年先、こうなるほど何が彼女を変えていったのだろう。
興味がわいた。
もっと話を聞こうとしたその時。
「お、皆ここにいたのか」
「っ!……ぅ…さん?」
先程までの笑顔とは違う、突然悲しげな表情になった千鶴の口から言葉が零れる。
それと同時に、先程は零れなかった涙が次々と溢れ出しその頬を濡らしていった。
「平助が総司を迎えに行ったまま戻って来ないと斉藤君が嘆いていたぞ」
彼女の視線の先にいたのは、新選組局長である近藤だった。
「近藤さん。何してんだあんた」
「何って、昼餉だと総司を呼びに行った平助を探しにな。斉藤君がなかなか戻って来ないと言っていたから俺が探しに来た」
「一君ってば近藤さんにそんな事を頼んだんですか?」
いつもの調子で言う沖田だが、その視線は千鶴に向けられている。
「うん?ややっ!何故この屯所に女性がいるんだ?」
丁度土方の影で見えなかった千鶴の姿を、近藤がやっとその目に捕らえ驚いたように言う。
「ふっ…ふぅぅっ」
「ち、千鶴?」
口元を手で覆い嗚咽を漏らしながら泣き出した千鶴に、藤堂が慌てだす。
「千鶴…雪村君、なのかね?」
「こ…んどぉさん」
「や、だが少し雰囲気が…トシ?」
「あ、いや、その、な」
「珍しく歯切れが悪いな」
「近藤、さんっ」
千鶴は堪らず近藤に向かい駆け出し、土方の横をすり抜けるとその腕の中に飛び込んだ。
彼女の行動に驚いてはいた近藤だが決して避けることなど無く、そんな彼女を優しく抱きとめてやった。
「近藤さんっこんっどぉさぁんっっ!」
腕の中で泣きじゃくる千鶴の背をぽんぽんと近藤は叩いてあやしてはいるが、困惑の表情は消えない。
「ト、トシ?」
「千鶴なんだと」
「女物の着物を着せてあげたのか?」
「そうじゃないんですよ、近藤さん」
近藤の近くに歩み寄り、沖田がそっと千鶴の頭を撫でる。
突然泣き出した千鶴を見て、何となく未来が見えた気がした。
「彼女、千鶴ちゃんは千鶴ちゃんなんだそうですけど、6年くらい先から来た未来の千鶴ちゃんで」
「み、未来?」
「しかも、この鬼副長の奥さんなんだそうですよ」
「トシの奥さん!?雪村君は将来トシのもとに嫁いでくれるのか!」
「近藤さん、あんたはどうしてそう直ぐに信じるんだよ」
「何を言っているんだトシ!雪村君のように器量がよく、性格も優しくて家事全般も卒なくこなしてくれる女性を娶れるなんて幸せじゃないか!」
「や、俺が言っているのはそういう事ではなくて」
「しかし、君が未来から来た雪村君で、俺を見てこうも泣くという事は…君のいる未来に、俺はもういないという事、かな?」
近藤の言葉に側にいた3人が固まり、千鶴は言葉も無くぎゅっとしがみついてきた。
「そうか」
「す…すみま…せん……」
これから先何が起こるかなど分からない。
だが。
「近藤さんの…お顔を見たら……堪え切れなっ…くて」
「俺は、君に慕ってもらえていたんだね」
「父様の様に…思っています、今もずっと」
「ああ、それは嬉しいな」
こんなにも自分の事で涙を流してくれる人がいるのならば精一杯生きてやろうと意気込みたくなる。
「雪村君」
「はい」
「君は元の時間に戻る事は出来るのかい?」
「はい。何故か確信があるんです、私は私の歳三さんのもとに必ず帰ることが出来ると」
「それは今すぐかな?」
「多分まだ…だと思います」
「ならば一緒に昼餉をどうかね?斉藤君と平助が作った物は懐かしいだろう」
「あ…でも」
「平助、斉藤君に頼んで膳を一人分増やしてもらってくれ」
「…ん。あ、でも。こっちの千鶴は今未来に行ってんだよな?」
「そうなのかい。だったらいつもの雪村君の分で大丈夫か」
「ありがとうございます」
やっと顔を上げた千鶴に近藤がいつもの人好きのする笑顔を向ける。
「君がここに来たのは何か意味があるのだろう。それは俺には分からないが、戻るその時までゆっくりしていきなさい」
「はい……はいっ」
「さ、総司。彼女を連れて行ってやってくれ」
「………はい。行こう千鶴ちゃん。平助も」
「うん」
沖田は千鶴の手をとり、彼女を引っ張る。
そしてそのまま歩いていった。
「何か言いたげだな、トシ」
「あいつの言葉を、信じるのか?」
「嘘は言っていないだろう」
「未来から来たなんざ」
「嘘じゃないよ。彼女は間違いなく雪村君だ。不思議な事は突然起こるものなんだな」
「近藤さん!」
「この命っ」
「っ!」
「いつなりとも差し出す覚悟は出来ている」
「近藤さん」
「トシ、お前がいい嫁さんを貰える様で安心したよ。新選組の所為でお前が所帯をもてないなんて、俺はそれが寂しかった。だが、どうやらずっとそのままというわけじゃないらしい」
良かったじゃないか、と近藤は笑った。
「俺は、信じねぇ」
「トシ」
「もう行こう」
表情を硬くしたまま、土方も広間の方へと歩いていく。
「6年か…」
ポツリと呟いた近藤の声は、誰もいないその場所にすっと溶け、消えていった。
中篇:終わり