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気が付いていないはずがない、と思ったところから出来た話です。
斎千ってなんだかもどかしいとかそんなんじゃなくて、見守りたい雰囲気なのではないかと。
…斎千といいつつ千鶴が出てこないという。
続き、と言うか番外編的なものは書きたいなと思っております。
右下からどうぞ。
「…斎藤組長?」
巡察の途中で不意に立ち止まってしまった新選組三番組組長。
その組に属する隊士が声をかける。
しかし彼は返事をする事もなく、ただ一点を見つめているようだ。
視線が向かっているだろう先に隊士も目を向ける。
そこにあったのは、
「菓子屋…だよな」
一軒の京菓子屋だった。
どうやら我らが組長はその軒先で袋売りをしている風景に目を向けているようだった。
特に問題はないと思われるその京菓子屋。
若い娘達が楽しそうに買い物をしている姿が目を引くと言えば、確かにそうだが。
自分は新選組に隊士として身を置く者達の中でも長くある方だ。
しかし、未だかつて、彼が菓子屋や若い娘達に目を惹かれる様など見た事がない。
初めて見る組長のその姿に思わず首を傾げる。
自分の知る斎藤一という人物は、口数も少なく任務を遂行する為には手段を選ばない。
たとえどんなに自分の手が血に染まろうともそれさえ厭いはしない。
冷酷無比の居合の達人。
…だと思っていただけに、不自然な姿だ。
それとも娘達ではなく、店の方に何か不穏な空気を感じ取ったのだろうか?
常人では感じ取れない何かを。
「組長、何か気になる事でも?」
声を潜めて尋ねる。
しかしそれも耳に入っていないのか、反応すらない。
益々不自然だ。
しかし、浅葱色の羽織を纏った新選組が店の前で動かずこちらを見据えているとなれば、店側の方もたまったものじゃないだろう。
何もなければ立派な営業妨害だ。
もう一度呼びかけようと口を開きかけた時、斎藤は行動をはじめた。
御用改めか?とは思えないのは許してもらいたい。
組長の不自然な動きを取り敢えず見守る。
店側の方も、新選組が近付いて来るものだから知らず知らずに背筋を伸ばす。
店側には何の不備もないはずだ。
厄介事など持ち込んじゃいない。
だがなぜ新選組が…。
軒下にいた店の者がごくりと生唾を飲み込んだその時。
斎藤がスイッと並べられている商品を指差した。
「それを一袋もらえるか?」
「………はい?」
「聞こえなかったのか?」
「い…いいい、いえ。こ、こちらを一袋で?」
「ああ」
店の者が慌てて斎藤が指し示した物を袋につめる。
勘定を済ますまでの一連の流れを、半ば呆然と隊士達も見守る。
…見守る事しかできないとも言うが。
「お…おおきに」
「騒がせた、すまなかった」
「い…いいえ。お客様ですから」
買った物を袂に入れながら斎藤が隊士達の下へ戻ってくる。
「く…組長?」
「?」
隊士達が自分を見ていた事にやっと気が付いた斎藤は居心地が悪そうに顔を背けた。
「巡察を止めてすまなかった」
「い…いえ」
斎藤が顔を背けるなどこれまた初めてだ。
ゴホンと咳払いをし、
「巡察を続ける」
そう言って颯爽と歩き始める。
隊士達の横を通り過ぎる斎藤の顔が紅く見えたのは、見間違いではないはずだ…多分。
(変わられたな)
最初に声をかけた隊士が斎藤の後に続きながら思う。
少し前までは触れば切れる、そんな雰囲気をいつも身に纏っていた。
今も御用改めの時など恐ろしくて近づけない。
任務を遂行する為には手段を選ばない…例え我が命を失っても。
以前まではそうであったと思う。
だが。
(今の組長は出来るだけ御自分の命をも守ろうとされるのではないか)
数ヶ月前から屯所の奥で匿われている、あの子供の為に。
あの子供が来て幹部達が少しずつ変わっている様に感じる。
最初の頃は姿を見る事などなかったが、最近は屯所内で見かける事がある。
髪を高い位置で結い、男装をした―――女子。
幹部達は彼女の事を男子として匿っている。
だが、隊士の半数以上があの子が女子である事に気が付いている事を分かっているのだろうか?
顔立ちや仕草、雰囲気のどれをとっても年頃の女子のもの。
幹部達は屯所の奥に軟禁していると見せかけて、必死に彼女を守っているようにも見える。
そしてあの子自信も自分のできる事はないかと必死に頑張っている。
(それが分かっているから誰も口出ししないのだろうが…)
いつもより足早な斎藤の背中を見ながらそっと息を吐く。
命を大事にしてくれるのならそれに越した事はない。
御上の為ならばいつなりと差し出すつもりの命。
それでも尊敬に値する組長を失うのは避けたい。
出来るならば、この動乱の世。
彼らの下で共に歩んで行きたいと願わずにはいられないのだから。
巡察が終わり、斎藤は隊士達に解散を告げると屯所の奥へ行ってしまった。
副長に巡察の報告と、そして袂に忍ばせた土産を渡すために。
あの土産をどのようにして、どのような表情で渡すのか。
知りたい気もしないではないが。
それは平隊士である自分が知る必要はないのだろう。
終わり